日々更新中:家族の座と瞑想リトリート3daysについて Vol.2

こんにちは。Power in U 持田直子です。

昨日、「なかなか秋らしくならない」なんて書いたら、
昨晩あたりから、一気に秋めいてきました。
今日もそんな名古屋よりお送りします。

昨日から、10月28日から3日間開催される、

斎藤ダソによる家族の座と瞑想リトリート3days

について、書き始めています。

興味をお持ちの方もそうでない方も、
読んでくださると非常に嬉しいです。
このblogのシェアなども大歓迎です。
よろしくお願いします。

img_0003リトリート会場の中に大きく広がる無農薬農園です。
とてつもなく広そうで、ここで採れたお野菜を
中心としたお食事を朝晩2回出していただくことに。
食べきれないほどの量が振舞われるそうです!
胃腸も少しリセットできる、カラダにやさしい
3日間になりそうです。

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Vol.2   家族の座リトリートを企画する理由その2

昨日のVol.1では、家族の座というアプローチが、
ありとあらゆる「関係性」を扱うことを書きました。
そして、私たちすべての人がこの「関係性」無くして
日々を、人生を、過ごしていないということも。

そして、その「関係性」に対する新たな視点と
深い気づきをもたらすことと、参加する人が
その視点を「自分という存在の全体で受け取る」
ことができる、という「?」な書き方をしました。

この、

「自分という存在の全体で受け取る」

というのはあくまで私自身の解釈と言語なのですが、
他にうまく言い表せなくてこのような表現をしています。
もう少し噛み砕いて書こうと思います。

実際にこのワークが始まると、

「座を開く」

という言い方をして、参加者のテーマについて
展開されていきます。例えば、私(持田)のテーマが
取り上げられる時は、

「私(持田)の座が開かれる」

ということになります。
そしてその時、私はその「座」の中には居ません。
一緒に参加する他の誰かに、私自身および関係する
人や何かしらの「代理人」をお願いする形で
進行していきます。

当事者である私(持田)がすることといえば、

1)  代理人を選ぶ
2) 1)で選んだ代理人を自分が思う位置へ導き配置する

これだけです。
あとは、少し離れたところから、その場で起きて
行くことをただひたすら観察していきます。

すなわち、目の前で起きていくことそのものに
当事者の私は何のコントロールも持ちません。
ただ起きていくことを見ることしかできません。

起きること

とここで言っているのは、
単に「代理人の動き」ということです。
そして、ファシリテーターが
代理人それぞれに質問をしていくことへの
回答を聞くだけなのです。
質問自体も非常にシンプルで、
その位置にいることについて、
どのように感じるか、という質問だけです。

回答は代理人を担う人によって様々なので、
一概に例を出せないのですが、
あえて例えるなら、

その場所にいて心地よい

とか

この場所が居心地が悪い

と言ったような回答が返ってきます。

ファシリテーターは、この「回答だけを頼り」
にして、その場を進行していきます。

・・・このようにして開かれていく座を
当事者である私は、ただ見ているだけなのですが、
自分の従来の視点からは見えなかったことが
見えたり、自分が疑って止まなかったことへの
「問いかけ」が自分の中で起きてくるのです。

ファシリテーターや代理人が、直接的に
あなたに何かを考えるよう促すことも一切ありません。

そして、当事者以外の人、
ここでいうファシリテーターと代理人は、
当事者のテーマについて「最小限の事実」のみ
知らされます。当事者がテーマの詳細について
話し出した時には、それ以上話さないことを
促されます。その「最小限の事実」というのは、
例えば、

座に配置される人物が誰であるか

といった点であり、
まぎれもない「事実」のみが共有され、
展開されていくのです。

その「事実」以外に例えば、
当事者が特定の関係者に対して
抱いている感情の説明などは、
場を展開するのには「不必要」な情報として
この家族の座では扱われることになります。

この点が、このアプローチに関して
大きな特徴であり、私が唸った点でもあります。

・・・とここまで書いたような状況で、
(参加したことのない方にはイメージ
 しづらいとは思いますが)

座を開く当事者には、
その人の人生において、それまでに
恐らく体験したことがないであろう
超客観的視点
に自分自身を置くことのできる機会を
得ることができます。

このことそのものが非常に貴重な機会だ
と思うのと同時に、少し勇気の要ること
なのかもしれません。

この「事実」をただ「事実として」観る
という機会そのものが、
最初に書いた、

「自分という存在の全体で受け取る」

という機会と私の中では同義なのです。

座が開かれるまで、
当事者も
ファシリテーターも
代理人も
それ以外の参加者も、

どんなことがその場で起こるかは、
わかりません。
わからないだけに、
特に当事者は、誰よりも座で
起きていることを観ることに
引き込まれることでしょう。

では一体この家族の座というアプローチ、
代理人の動きに依存されている仕組み、
一体何がどうなっているのでしょうか。

明日は、私の「座を開いた」体験を
元に、もう少し詳しくお伝えしたいと思います。
ぜひまた読んでくださると嬉しいです。

最後まで読んでくださり
ありがとうございます。

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お知らせしています。
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これまでに参加した「家族の座」の
ワーク感想についてまとめたものを置いておきます。
ぜひ読んでみてください。

2015年5月のPower in U blog
2015年6月の持田個人blog

2016年10月28-30日開催の
斎藤ダソによる家族の座と瞑想リトリート3days
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