家族の運命を尊重すること

こんにちは。Power in U持田直子です。

10月も後半に入ってきました。
早いものですね。2016年も残りわずか。
今日は、朝から家族に頼まれて
「喪中ハガキ」を作っていました。
というのも、我が家は、今年の初めに、
私が生まれてからずっと一緒に暮らした
祖母の旅立ちを見送ったのでした。
今年は、一家揃って個人的な
年賀状の送付は控えさせて
いただこうと思います。

振り返りたくなったので、
少し祖母のことを書こうと思います。

祖母は、数えで100歳を迎えていました。
昨年の春から、家から車で20分ほどの
特別養護老人ホームでお世話になり始め、
しばらくした頃から、転倒したことが
きっかけで入退院が続くようになりました。
家族の中でも、母である祖母の手一つで
育てられた父は特に、時間がある時は、
あしげくホームや病院へ
祖母の見舞いに通っていたのですが、
病院から祖母の危篤を知らせる
電話が鳴って、すぐに家族全員で
病院に向かったのですが、
最期に限って、間に合いませんでした。

病室に着いた時には、
心電図計が横一線になっていて、
その事態を認知するまでに、
私も母も少し時間がかかったのですが、
父だけはすぐに「親戚に電話してくる」
とだけ言い残して、病室を出て行きました。

親戚も近所の人も、誰もが。
祖母が亡くなった後の、
私の父のことを心配していました。

どっと落ち込んで病んでしまうのでは
生きる力を一瞬でも無くしてしまうのでは

「お父さんをしっかり支えてあげなさい」

と親戚やご近所の沢山の方から
言葉をいただきました。

父の父である祖父は、
戦没者で父がまだ生まれて
間もない頃にインドネシアへ
看護兵として出征し、
そのまま戻ることはありませんでした。
よって、父は自分の父の存在を
知らずに育ったことになります。

よく私の母には、
「父親として何をしていいのかわからない」
と、私が幼い頃に話していたとか。
そして、子育てに関しては、
「100%お母さんに任せっきりだった」
と、父の口から聞いたのはつい先日のこと。
しかしながら、
子供の頃の私には、そんな印象は
全く無く、父はいつも最後の砦というか、
「この人怒らせたらおしまいだ」と
子供ながらに思うような存在でした。
すなわち、子供の私にとって父は、

常に見られているけれど
いよいよになるまで口は出して来ない人
そして怒らせたら誰より怖い人

という印象でした。
これもひとえに母の努力だったのかも
しれないな、と今となっては思うのです。

そんな父が、たった一人の親を
見送った、という出来事は、
亡くなった祖母だけでなく、
次男として生まれてその後を
ほぼ一緒に過ごした父、
そこに妻として嫁いだ母、
そしてその男女の間に
たった一人の娘として
生まれてきた私を含めた、
それぞれの一人の人間の
人生を考えてみる
大きな節目の機会になりました。

祖母が亡くなった後の父は、
戸籍関連の手続きが思ったより
複雑で、あちこち奔走しながら、
忙しさに紛れて経過していく
時間の中で、自分の感情を
整理していったように見えました。
幸い、病気になったりすることも無く、
今日も元気で、日々好きなことを
しているように見えます。

・・・
・・・
そんなこんなで、
いきなりですが、
家族って
なんという「ご縁」なのだろう
と思うわけです。

近すぎて見えないこと
遠すぎて見えないこと

それぞれあると思うのですが、
自分と、遺伝子という
微細なつながりを持った人間が
少なくともこの世界に複数
存在する・したという事実だけは
確実にそこに在る。

家族だからこそできることがあり、
家族だから故にもつれてしまうことがある

人間誰しもが持つ最小単位の
所属グループである家族

何が良くて
何が悪いわけでは無く、
ただ単に、
そこから受け継いでいるもの
または受けた影響は
計り知れないものがある

そんな当たり前のようなことも、
家族の座のようなワークで
再度意識を当てると、
その計り知れなさに
ただただ驚くことばかりです。

そして、少なくとも
自分より先にこの世に生きる
父と母、そして確実に生きていた
4名の祖父母であり
そのまた両親8名・・・の
存在無くして自分が此処に
存在し得ないという、
この壮大な”家系”という関わりに対し、
感謝に加えて、

「家族一人一人が選んだ
 運命を尊重する」

という考えを持つことが
できるようになったのも、
家族の座を通してのことだったかも
しれません。

きっとこれは、
何か特別な「行為」をする
というよりは、
自分の家族一人一人が
それぞれ選択し、
歩んだ人生という名の
運命を、あるがまま
認知することに過ぎない
ことだと思います。

近すぎるが故に
気持ちが注ぎ込まれるが故に
すなわち
そこに何であれ
愛があるこそが故に
「尊重」が難しいことも
あるのかもしれません。

他人の家族とその家族の
運命についてどうのこうのと
言いたいわけでは無く、
自分だけが帰属する家族が
あるが故に、
自分しかできない
「尊重」があるのだと
つくづく思うのです。

私の父には、兄と弟がいて、
お兄さんにあたる方は、
幼少期に病気で亡くなったと
聞きました。
旅立った祖母は、
旦那さんで在る祖父と
長い時間を過ごせなかった
長男であり
私には会えることがなかった
叔父と再会していてほしいなあ、
なんて思います。

喪中ハガキがきっかけに、
今日は思わずご先祖に
想いを馳せる日に
なったみたいです。

そんな私一個人的なメモリアル日記に
お付き合いありがとうございました。

img_0018第二次世界大戦真っ只中に
撮影されたであろう
亡き父方の祖父母の婚礼記念写真です。

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